ドワイド D. アイゼンハワー 大統領 退任演説 全文

 1月17日は、ドワイド・ D・アイゼンハワー・アメリカ大統領の退任演説が行われた日です。有名な、”軍産複合体”という概念を後世に残してくれた演説になります。

 (日本語字幕をONにしてご視聴ください。)
 
 日本語訳の全文を載せときます。

 今後、毎年1月17日に、関連事項の考察を繰り返したいと思います。

 原文はコチラ。 

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Dwight David Eisenhower (1890-1969)

ドワイド・ D・アイゼンハワー・アメリカ大統領

退任演説

1961年 1月 17日

 親愛なるアメリカ国民のみなさん、今晩は。

 まずはじめに、何年にもわたってホワイトハウスのレポート、ならびにメッセージを国民のみなさまへ伝える機会を下さったラジオ・テレビ放送関係者の皆様に感謝の意を伝えたいと思います。特に今晩、みなさまにお伝えできる機会を頂いたことに、よりいっそう感謝いたします。

 この演説から三日後には、半世紀にも渡った我が国への奉仕を終えるため、わたしは大統領の職務を離れます。伝統ある厳粛な儀式をとりおこない、大統領の権限を私の後継者に移譲することとなります。今晩、私はみんさんに、お暇を頂くにあたってお別れのメッセージをお伝えしようと思います。親愛なる国民のみなさんと、わたくしの最後の思いを分かち合いたいと思います。

 みなさんが望まれるように、私もアメリカ市民の一人として望みます。新たな大統領と彼に奉仕する全ての人々に神のご加護があらんことを。幾年先も、全ての人々に平和と繁栄がもたらされんことを、私は祈っております。

 一般的に、大統領と議会は、重大な局面において的確な合意を見出すものだと期待されています。合意に基づく賢明な解決策が、この国の未来をより良いかたちにしていくものであろうと期待されています。私自身が議会との関係をもったとき、それは非常に弱くてもろいものでした。過去に上院銀が私を最高司令官に任命して以来、戦中、そして戦後のあいだに、議会とは親友と呼べるものになりました。そして最後には、過去8年ものあいだ、互いに頼りにしあう夫婦とも呼べる関係になりました。この最後の関係において、議会と政府は、たいへん重大な問題に対して、互いによく協力し合い、国家をより良い国にしようと奉仕しました。些細な党派の垣根を越えて、国家の事業を前進させようとしたことに疑いの余地はありません。ですから、わたくしと議会との公式上の関係は、わたくしの勝手な思いではありますが、とても良くできたのではないだろうかと、議会に対し感謝の気持ちを持ちながら終わりを迎えようと思います。

 わたしたちはいま、世紀のちょうど中央から10年を過ぎた世界に立っています。今世紀を生きたわたしたちは、列強国どうしによる4つの大戦争の目撃者になりました。そのうち3つの戦争にわたしたちの国家は関わりました。これらの戦争でおきた大虐殺を乗り越えて、今日のアメリカは、世界で最も強く、他国に最も影響を与え、最も生産力のある国家となっています。どの国にも負けないこの優越性を誇りに思えるのはもっともなことです。しかし、アメリカという国家のリーダーシップと威信は、単に比類なき物質的進歩や富、軍事力に支えられている、というわけではありません。わたしたちがその強大な力を、世界平和と人類全体の向上のためにどのように使うか、ということに支えられているのです。

 アメリカは自由な政府の下、たくさんの事を成し遂げてきました。わたしたちの根幹をなす行動の目的は、平和を維持し、人類のおこないを向上させることになりました。さらに、人民の、また国家間の自由・尊厳・誠実を高めることになっていきました。そうする努力が足りなければ、アメリカの行為は自由を愛し信仰のある人々にとって無価値のものになるでしょう。傲慢な故の失敗、あるいは理解不足、犠牲を払う覚悟の無さは、国内外問わず、わたしたちに悲惨な結果をもたらすでしょう。

 人類の崇高な目標を達成しようとわたしたちは行動しますが、今では世界を巻き込んでしまう紛争によって、常に危険にさらされているのです。このことにわれわれは注意しなければなりません。常に傍らにある問題だと感じていなければいけません。わたしたちは全世界的に相対するイデオロギーに直面しています。無神論的であったり、無慈悲であったり、また狡猾な手段を用いたりするものがあります。不幸なことに、人類の歩みを止めてしまう危険性は、終わりを定めずにやってきます。そうならないようにするために、わたしたちに求められているのは、人類の危機の際に感傷的になり一時の犠牲を払うことではありません。そうではなく、着実に、一歩ずつ、自由が脅かされないよう対処する長く困難な道のりに一切の不平を言わず、前へ進むことができる力が求められているのです。この力をもつことが、わたしたちにできる唯一の道なのです。この力のおかげで、さまざまな試練を乗り越え、恒久的平和と人類全体の向上へ確かな足取りを歩んでいけるのです。

 危機はこれからも続いていくでしょう。そのとき、国内外問わず、大なり小なり、わたしたちは繰り返し誘惑されてしまいます。ある壮大で恐ろしくコストのかかる方策が、現在の諸問題を一挙に解決してくれるような、奇跡的なものにみえてしまうという誘惑です。国家防衛における新たな事業の大幅な増加、農業分野における作物の病気をすべてなくすなどという非現実的なプログラムの推進、基礎・応用科学研究の異常な拡大、等々。これらの事業は他にもたくさんあります。どれも魅力的なものばかりで、それはまるで、わたしたちが進むことができる唯一の未来であるかのように呼びかけてくるようです。

 しかし、どの事業も熟考の上、本当に必要であるかどうか考えなければなりません。国家プログラムに良く照らし合わせて予算のバランスを保つことが寛容です。民間セクターと公的セクターの経済バランス、費用対効果、明らかに必要なものと、なくてもよいがあれば望ましいものとのバランス、国家の本質的義務と個人に国家が課すべき義務とのバランス、いま行わなければいけない事業と将来すべき国家福祉事業とのバランスなど。正しい判断を下すには、バランスと成長が必要です。それらが欠けていると不平不満が巻き起こるものになってしまいます。過去数十年の歴史を振り返ると、アメリカ国民と政府は、このことを良く理解していたと言えます。互いによく話し合い、多くの脅威や苦難を乗り越えてきました。

 しかし、脅威は、その程度や色合いを変えて常に発生するものです。この場において、わたしは脅威に対処するために大事なことを2点だけ述べておきたいと思います。

 平和を維持する上で不可欠なものは、わが国の軍事組織です。わが国の兵力は精強で、即応体制が整えられています。したがって、アメリカを脅かそうと試みる侵略者の存在を心配することはまったく必要ありません。わが国の軍事組織は、過去に平時の大統領らが在籍した頃のものとは今日ではまったく別のものになっています。また、第二次世界大戦や朝鮮戦争に従事した兵士とも関連のないものになっています。

 つい最近まで世界各地で紛争がおこる前は、米国には軍需産業はまったく存在していませんでした。鋤を作るアメリカの会社は、時に必要とあらば剣を作ることもできます。しかし、わたしたちはもはや、国防において、そういった国家総動員法を発動するようなことはできません。なぜならわたしたちは、恒常的に存在する軍需産業を膨大な数に及ぶまで誕生させざるを得なかったからです。加えて、350万人もの男女が国防組織に直接従事しています。年間の安全保障の分野に費やす予算にいたっては、すべての米国企業の営業利益を合計しても足りません。

 この、巨大軍事組織と大規模兵器産業との結合を、アメリカは初めて経験しています。この影響は、経済に、政治に、精神生活にさえも現れています。どのまちでも、どの州議事堂でも、連邦政府のどのオフィスでもこの影響を感じることができます。わたしたちはこの産業の発展は必要不可欠だと考えています。しかし、その重大な意味をしっかりと理解していなければいけません。わたしたちの仕事、資源、暮らしすべてがこの影響下にあるのです。社会構造自体、この影響下にあるのです。

 政府の評議会を、わたしたちは、不義をおこなう利権団体から守らねばなりません。意図的であろうとなかろうと、軍産複合体の手から守らねばなりません。場違いで、悲惨な結果をもたらす力は確かに存在しています。それはずっと存在し続けます。わたしたちは、この軍産複合体の横暴が、自由と民主主義の手続きの場を汚すことを許してはいけません。政治が正しいと、思い込んではいけません。警鐘を鳴らすことができる教養ある市民だけが、平和的手段と目標を設けることで初めて巨大軍産複合体の存在を容認することができます。そうすることで、安全保障と自由が共に発展することができるのです。

 さらに、産業界と軍事組織の急速な合流を招く主な要因となったものは、ここ数十年に起きた技術革命です。この技術革命とは、研究と銘打ったものが中心です。より専門化され、高度なものになり、かつ高額な研究予算がかかるようになりました。段階的な研究予算の増加が、連邦政府のために、政府によって、政府自身の方針に沿って実施されています。

 今日では、独創的な発明家が自分の家で研究することはなくなりました。研究施設や試験場で科学者たちによるタスクフォースが組まれることが主流になりました。同じようなことが、自由であるべき大学の場で、自由な発想と科学的発見の源泉である場で、研究方法における革命が起きました。研究の中には巨額コストのかかるものがあるため、政府との契約は、事実上、知的好奇心を満たすこれまでのやり方にとって代わることを意味するようになりました。古い黒板の代わりに何百台もの電子コンピュータがどの教室にも置かれるようになりました。連邦政府と雇用契約をした学者による大学の支配はこれまでにもありました。プロジェクトを好きに割り当てたり、金の力にものを言わせたりなど、そうすることで高い評価を得ているのです。

 科学的研究や発見を存続させることも大事なことですし、そうすべきです。しかし、それと同時に、公的政策自体が科学・技術者のエリートの思うがままにされてしまう危険性があることを忘れてはいけません。

 合衆国を愛する者の使命は、新旧問わず、これらや他の弊害となっている影響力をうまく統合し、バランスを保ち、民主主義体制の原則の中に組み込んでいくことです。わたしたちの自由社会が目指す最終目標にむけて前進しなければなりません。

 またさらに、バランスを維持する上で大事なことに、時間の概念があります。社会の未来に耳を傾けるとき、わたしたち、みんさんとわたし、そして政府は、今日のためだけに生きたいとおもう衝動を抑えなけなければなりません。孫のための物質的資産を、失うリスクなしに担保することができないように、政治的ならびに精神的遺産を、覚悟もなく引き受けることはできません。わたしたちは、民主主義が未来のすべての世代のために維持されることを望みます。決して、将来、破たんした亡霊のようにさせてはいけません。

 これからも続くであろう長きにわたる歴史の中で、アメリカは、わたしたちのこの世界がますます小さくなっていきながら、とてつもない恐怖と憎悪に満ちたコミュニティとなることを避けねばなりません。そうではなく、相互に信頼と尊厳をもつことができる誇りある連合体にしなければいけません。そのような連合体では、人々はみな平等であるに違いありません。弱者は会議のテーブルへ皆と同じようにつくことができます。わたしたちは自分たちの道徳的、経済的、軍事的な強さによって保護されるからです。そのテーブルでは、過去に多くの不平不満で傷つけられてはきましたが、戦場の武装解除はある種の苦痛を伴うからといっても、それを放棄することはできません。

 軍縮は、名誉と自負の下に継続的におこなうことが不可欠です。共にわたしたちは、異なるものどうしを受け入れる方法を学ばなければなりません。武力によるのではなく、知的で思慮深い目的をもって取り組まなければなりません。このことが喫緊の課題であることは明白です。だからわたしは、この課題に取り組む公的な責務を離れることに、大きな失望を感じていると言わざるを得ません。戦争の恐怖と長引く悲劇を目撃してきた一人として、ゆっくりと痛みに耐えながら幾千年にわたり築き上げてきた文明が、一つの戦争で完全に破壊されることを知っている者として、わたしは今夜、平和が将来もつづくと言えるように願っています。

 幸運にも、戦争は避けられたと言えるでしょう。人類の最終目標にむけて着実に進歩しています。しかし、やるべきことはたくさんあります。一市民として、わたしは、世界の発展に向けてできることがどんなに小さなものでも、絶対にやめたりはしません。

 ですから、この、わたしの最後の別れの夜に、大統領からみなさんへ、わたしに多くの機会をくださったこと、戦時・平時に、みなさんへ奉仕することができたことに感謝の意を表します。みなさんがわたくしの奉仕にいくらか価値があるものを見つけてくれると思っています。そのほかにことについては、いつかみなさんがより良い方法を見つけてくれるのだと信じています。

 みなさんとわたし、親愛なる国民のみなさん、強い信念を持ちましょう。すべての国が、神のご加護の下に、正義と共に平和を勝ち取れるであろうという信念を。わたしたちは変わらず規律を重んじ、自信をもち、またつつましく、謙虚になって、国家の崇高な目標にむけて進んでいきましょう。

 世界中のすべての人々へ、わたしはもう一度、アメリカの祈りと切なる願いを申し上げます。わたしたちは祈ります。あらゆる信仰、あらゆる人種、あらゆる国家の人々が、満たされんことを。今は苦難にさらされている人々が、歓喜に満たされんことを。自由を渇望している全ての人々に、祝福があらんことを。自由を得た人は、同時にそれを引き受けるという重大な責務を理解するでしょう。困難に陥った人々がいることに鈍感な人はみな、慈善活動を通じて理解するでしょう。貧困や病気、無知などの徴候は地球上から消え失せるでしょう。そうなった時には、尊敬と愛との固い絆によって保障された平和のもとに、すべての人々が一緒に暮らせるようになるでしょう。

 今週、金曜の午後には、わたしは一市民になっています。そうすることを誇らしく思います。またそれを楽しみにしています。

 どうも有難うございました。おやすみなさい。

TJ 訳 (正確な内容を確認されたい方は、原文をお読みください。)

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そう言えば1月17日は阪神大震災が起きた日でもありましたね。霊的関連はあるかしらん?


 考察(というより逡巡)は後日アップします。



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