ノストラダムス予言と列島切断予言 その3

  地震予知に関するシュタイナーの言葉。

 ”「神秘学的に、地震はどのように説明されるか。地震は予想できるのか。もし災害が予想できるなら、なぜ前以て警告しないのか。そのような警告は、最初はすぐには役立たないだろうが、のちには役立つようになる」 という問いがでてくるでしょう。…神秘学者は、そのような日付を示すことができます。
 …さて、つぎの問いです。「それを告知できるか。告げてもよいのか」です。深い秘密に外的に向き合う者は、当然「然り」と答えることができる、と思うでしょう。しかし、このような出来事に関しては、各世紀にせいぜい二度か三度、秘儀の場から何かが予告されるだけです。それらの出来事は人類のカルマに関連しており、個々のことがらが避けられるとしても、ほかの所にほかの現象が現れるにちがいありません。予告することによっては、事態は何も変化しないにちがいありません。
 人間がこのような出来事を処理しようとすると、いかに恐ろしい方法で地球全体のカルマに介入することになるのか、よく考えてください。恐ろしい形で反応が生じるでしょう。例外的に、秘儀に深く参入した者が地震を予知したとき、自分のため、もしくは自分に近い者たちのために、その知識を用いることはできるでしょう。しかし、その秘儀参入者は事態を知りつつ没するにちがいありません。何千年・何百万年をとおして人類のカルマのなかに存在してきたことがらは、短期間で廃止されたり、無力にされたりしないからです。”

 小生はこのシュタイナーの考え方に賛同するものだが、日本の霊能者やその周辺の人々は、少し異にしているだろう。これまで漏れ伝わってくるもの、まことしやかにささやかれている噂には、霊的な事象に対して霊的に抗ってきたものがある。

スマトラ島沖地震

 某氏(外国人霊能者)によれば、2004年に発生したスマトラ島沖地震は、本来、日本の太平洋側を襲う地震だったのだが、”とある集団”によって回避させられた。しかし、その回避先を誤り、22万人以上の死者をださせた大津波を東南アジア沿岸部へもたらしてしまった。おそらく今も、”とある集団”は、”日本のため”にやっているのだろう。(”とある集団”については明かされていない。) 

 小生の勝手な想像だが、地震に対する霊的アプローチとは、おそらく呪詛や祈祷の類だろう。純粋な祈りという行為は崇高なものである。しかし、それで人類史に関わる大地震が、数千年をとおして準備された人類のカルマが回避されるとか、そんな単純なものとは思えない。列島切断予言を世に知らしめた女史は、地震の規模が小さくできる、または回避できると考えているようだが、ブラヴァツキー夫人の”地球を救うのです”という言葉のニュアンスとは違う気がする。

 単純に、事前に警告することによって人々が避難できるようになるから、「宇宙からの大予言」を書かせたのだと思う。決して、オカルト的な方法で地震の規模や場所を変えることを意図していないと。実際、「第一の矢」は壊滅的なものではないから、それを警告と捉え、(全力で!)避難すれば、「第三の矢」に巻き込まれることはないだろう。(関東地方の人々は北へ、東北日本海側へ。東海・中部地方の人々は西へ、北近畿・山陰地方へ。)

ノアの箱舟

 アトランティス時代末期、人間は堕落し、密議も堕落した。結果、黒魔術によって崩壊した。シュタイナーは、20世紀初頭の日本人を、”退廃した古い東洋文化”に囲まれた魂だと表現している。反キリストの活動開始が近い現代、黒魔術(退廃した密議)によって地震に介入するのは止めた方がいいだろう。民族主義を激しくしりぞけるミカエルの時代に、様々な理由をつけて日本と言う民族単位で行動する意味を歪曲することは、とても危険だろう。

映画『2012』

 津波は80m~120mにもなるという。「第一の矢」で避難を開始しなければ生き残るのは難しい。日本だけでなく東南アジアなど太平洋沿岸諸国もかなりの被害になるだろう。放射能汚染は大丈夫だろうか。原発の廃炉計画は順調か。愛媛の泊原発も危ない。男人形のせいで「草も口にできなるなる」かもしれない。食糧は十分か。想像を絶する被害になる。

映画『日本沈没』

  ・・・

 その被害を、反キリストが解決し、救世主となるかもしれない。
 ”しかし諸君、さらに重大なのは、私がいま、これを話している100年後のことだ。それを告げるためにこそ、私は今日を選んで諸君を招いたのだ。今日から100年後といえば、すなわち2039年1月25日だ。…それは諸君、何かの異変か大戦か災害のために、2039年、人類が残らず滅びるという意味ではない。…いくつかの国は崩れて燃える。毒気で息絶える街もある。…しかし人類はそれでも滅びない。…ただ諸君、それでも人類はいなくなるのだ。いまの意味での人類は、そのときもういない。なぜなら、人類は2039年1月、人類以外のものに“進化”するか、そうでなければ“退化”してしまっているからだ。
 それをもっとはっきり言えば、人類の一部はそのとき、人類から、より高度なものに進化して、神に近い生物になっている。人類から神のほうへ進化するのだから、それは『神人(ゴッドメンシュ)』と呼んでかまわない。残りの大部分は、これも進化なのか退化というべきかわからないが、一種の機械になっている。ただ操られて働いたり楽しんだりするだけの、完全に受動的な、機械的な反応しか示さない『ロボット人間』になっているのだ。それまでの気候異変と環境異変、政治と娯楽と食物、それから起こる突然変異が、そのようなロボットのような人間を大量に生み出す。
 神人のほうも同様で、同じ原因から生まれてくる。ただ突然変異が大脳にプラスに働いて、進化の方向がロボット人間と別方向になるだけだ。その前段階の『超人(ユーベルメンシュ)』たちも、より進化して神人になる場合がある。
 いずれにせよ、彼らはいまの人間の数次元上の知能と力を持つ。彼らは団結して地球を支配する。それまでのあらゆる危機や問題は、彼ら神人たちの知能と力で急速に解決されていく。 ロボット人間たちのほうは、それに従って生きるだけだ。これはある意味では気楽な身分だ。戦争も気候も経済も、神人たちによって制御されてしまうので、ロボット人間たちは神人たちの認める限度で、多くのものを与えられる。食物と住居も、職業も娯楽も恋愛も教育も、時には思想さえも与えられる。ただロボット人間たちは、与えられ、操られていることを意識できないようになる。自分たちの意識では、何もかも自分で選択して勝手に生きているのだと思う。しかし、じつは神人たちがすべてを見通して、管理工場の『家畜』のように彼らを育て飼うことになるのだ。こうして人類は、完全に2つに分かれる。天と地のように、2つに分かれた進化の方向を、それぞれ進みはじめる。一方は限りなく神に近いものへ、他方は限りなく機械的生物に近いものへ。これが2039年の人類だ。

 そして大破局が起こる。近未来に起こる。しかし救いのイエス・キリストなんか来ない。別の救世主が来る。そのとき人類を救うのは人類を超えるもの……彼らと彼女たちが、新しい世界、新しい宗教を創る。”
『Shape Things to Come(1933)』


 つづく 



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